色彩戦略家®池田早苗プロフィール
笑い声の福の神と呼ばれています!
OLから色彩の世界へ。そして色彩戦略家®として起業
まだまだ色のチカラが認知されていない時代に、色と女性心理、経営を結びつけた色彩戦略を広める。色は財を成す、独自の理論『稼げる色学®』が定評に。特に50代60代の男性経営者たちをうならせる鋭い視点と色の経営戦略で数々の企業・店舗・ビジネスマンの売上の悩みに寄り添う。
お客様の笑顔を見続けたい
カラースクール講師時代の色んな経験や出会いから、色を通じて楽しむこと、色の効果で笑顔を増やせることから、色で人の役に立ちたい、もっと色で人を喜ばせたい、という気持ちで株式会社ル・ビジューを設立。
ビビりのわたしに将来の夢を与えてくれたもの
リカちゃんハウスに夢中!
私はキレイなものが大好きです。母に聞くと、もの心ついた頃から大好きだったそうです。
初めてリカちゃんハウスを買ってもらった4、5歳の頃、「こんなお姫様が住むようなキレイなお家があるなんて!」と夢をもったことがきっかけです。
小さい頃からインテリアに興味を持ち、広告チラシの家の間取り図が大好きでした。
デパートへ行くと家具売り場へ行き、好みの家具を見つけ、次はカーテン、次は食器、自分が着る洋服に至るまでイメージし、現実とは異なる自分の顔も可愛く想像し、父や母、兄も私好みに変身させて、空想コーディネートした理想の家の主人公になりきっていました。

小学校5年のとき、初めて与えれた自分だけの部屋は、和室で夢みていたものとは違い、かなりがっかりしました。
そこで少しでも自分好みに近づけたいので、襖をカーテンで隠し洋室風にアレンジしたり、色々工夫しました。
高校1年のとき、やっと自分の思い通りの部屋を実現できた嬉しさは今でも鮮明に覚えています。
家を建ててくれている大工さんからインテリアコーディネーターという職業があることを知りました。
思い通りの部屋にしてもらうために、学校から帰ると寄り道もせず、真っ先に現場へ行き、大工さんに部屋に対する想いを熱く語っていました。
その完成された部屋に買ってもらった、こだわった家具は今でも大切に使っています。
(写真は憧れてたリカちゃんハウスをイメージした私の部屋)
当然、夢のインテリア業界へ進むかと思いきや、バブル経済真っ只中の環境に流され、なんとなく付属短大、なんとなく就職、そのなんとなくOL生活9年目の変化のない生活のなか、気分転換に部屋のカーテンを替えてみたところ、幼少の頃、リカちゃんハウスを見たあの衝撃が走ったのです。
そこからの行動は早い!
インテリアスクールに体験へ。
なんか違う!
私の衝撃は色だ!
色合いだ!
カラーだ!
早速カラースクールへ・・・
似合う色を診断していても楽しい。
どの授業にも興味をもった。
夢中になった。
今まで何ひとつアクションを起こすことができなった私が、一人でスクール選びから問い合わせ、決定に至るまでできたことがびっくりです。
私だけでなく、周りもびっくりしていました。
何か行動を起こすことは新しい扉を開く、自分の世界を広げていく体験が、引かれたレールしか乗ったことのない私にはすごく新鮮で、とにかく楽しかった。
今では一人で行動することがクセになっています。
どうやら私は色に心を奪われてしまったのです。
色みがあるのものには、人の心を動かす力があります。
想像の世界へと導いてくれたり、イメージを広げてくれる楽しさがあります。
そんなカラー(色)のお陰で、今まで全く自信がなかった私が、カラーのプロとして、株式会社ル・ビジューという看板を掲げるようになったのは、優秀だった訳でもなく、カリスマ性があった訳でもなく、自分の好きなものにこだわったこと。あきらめなかったこと。この想いはどのような状況・環境であっても好きであれば続けられる。と私は思っています。
当スクールは、私と同じように、「ひょっとしたら、自分にはまだ何かできるのではないか」「心残りになっているチャンスに挑戦してみたい!」 そんなあなたを応援できるスクールを目指しています。
そこで少しでも自分好みに近づけたいので、襖をカーテンで隠し洋室風にアレンジしたり、色々工夫しました。
高校1年のとき、やっと自分の思い通りの部屋を実現できた嬉しさは今でも鮮明に覚えています。
家を建ててくれている大工さんからインテリアコーディネーターという職業があることを知りました。
思い通りの部屋にしてもらうために、学校から帰ると寄り道もせず、真っ先に現場へ行き、大工さんに部屋に対する想いを熱く語っていました。
その完成された部屋に買ってもらった、こだわった家具は今でも大切に使っています。
(写真は憧れてたリカちゃんハウスをイメージした私の部屋)
当然、夢のインテリア業界へ進むかと思いきや、バブル経済真っ只中の環境に流され、なんとなく付属短大、なんとなく就職、そのなんとなくOL生活9年目の変化のない生活のなか、気分転換に部屋のカーテンを替えてみたところ、幼少の頃、リカちゃんハウスを見たあの衝撃が走ったのです。
そこからの行動は早い!
インテリアスクールに体験へ。
なんか違う!
私の衝撃は色だ!
色合いだ!
カラーだ!
早速カラースクールへ・・・
似合う色を診断していても楽しい。
どの授業にも興味をもった。
夢中になった。
今まで何ひとつアクションを起こすことができなった私が、一人でスクール選びから問い合わせ、決定に至るまでできたことがびっくりです。
私だけでなく、周りもびっくりしていました。
何か行動を起こすことは新しい扉を開く、自分の世界を広げていく体験が、引かれたレールしか乗ったことのない私にはすごく新鮮で、とにかく楽しかった。
今では一人で行動することがクセになっています。
どうやら私は色に心を奪われてしまったのです。
色みがあるのものには、人の心を動かす力があります。
想像の世界へと導いてくれたり、イメージを広げてくれる楽しさがあります。
そんなカラー(色)のお陰で、今まで全く自信がなかった私が、カラーのプロとして、株式会社ル・ビジューという看板を掲げるようになったのは、優秀だった訳でもなく、カリスマ性があった訳でもなく、自分の好きなものにこだわったこと。あきらめなかったこと。この想いはどのような状況・環境であっても好きであれば続けられる。と私は思っています。
当スクールは、私と同じように、「ひょっとしたら、自分にはまだ何かできるのではないか」「心残りになっているチャンスに挑戦してみたい!」 そんなあなたを応援できるスクールを目指しています。
経歴
短大卒業後、地元の繊維会社に9年勤務。退職後カラースクールでカラー全般を12年間学ぶ。12年間の中でカラースクールで講師として約8年、500人以上に指導する。また、ブライダル業界では3年間で2,000人以上のブライダルカラープロデュ-スを行う。その後独立。パーソナルカラー診断は1万5,000人を超える実績。
現在は、競合他社の多い、医療、介護施設、飲食店、美容室などで、色彩設計、色彩戦略を手掛ける。色の見直しで企業の売上を向上させてきた実績から、地方自治体様や大手企業様から講演ご依頼を頂いております。
特に、女性ならではの視点と、細やかな感性を店舗作りに提供し、女性客層戦略に相応しい色彩提案に好評を得る。
色を活用し日常を充実させる、ビジネスの発展、成功に向けての講座、セミナーを開催。
泉大津イメージカラー策定委員、泉大津市立病院「地域周産期母子医療センター」全施設色彩設計、リクルートブライダル雑誌「「ゼクシィ」、宝塚すみれシャンメリー色彩監修をするほか、色彩の専門知識の豊富さよりメディアで多数紹介される。
現在は、競合他社の多い、医療、介護施設、飲食店、美容室などで、色彩設計、色彩戦略を手掛ける。色の見直しで企業の売上を向上させてきた実績から、地方自治体様や大手企業様から講演ご依頼を頂いております。
特に、女性ならではの視点と、細やかな感性を店舗作りに提供し、女性客層戦略に相応しい色彩提案に好評を得る。
色を活用し日常を充実させる、ビジネスの発展、成功に向けての講座、セミナーを開催。
泉大津イメージカラー策定委員、泉大津市立病院「地域周産期母子医療センター」全施設色彩設計、リクルートブライダル雑誌「「ゼクシィ」、宝塚すみれシャンメリー色彩監修をするほか、色彩の専門知識の豊富さよりメディアで多数紹介される。
資格
- 1級カラーコーディネーター
- パーソナルカラーアナリスト
- ブライダルスタイリスト
- メンタルアドバイザー
- ホームパーティスタイリスト
色彩戦略家®池田早苗に聞きたいこと
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なぜカラーを学ぼうと思ったのですか?
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自信がない、何の取り柄もない、この先の不安と焦りとの葛藤からの脱却ですね。
OL生活9年目に入る30歳目前、自分には全く得意とするものがない、自信がない。 結婚もしていない、不安と焦りの中、毎日モヤモヤ葛藤していました。 当時、職場の経理課に、字がとても上手な女性の先輩がいて、慶事ごとなどの礼状は全て彼女の担当でした。社長をはじめ、上司や、営業マンから必要とされていました。経理の仕事の変わりは他の方ができても、彼女の変わりに字を書くことは誰もできなかったんです。私はそれに気がついたとき、急に不安になり、今の状態では、どこで働こうと、私の変わりはいくらでもいる。 このままでは将来が不安。 私も先輩のように、誰かの役に立つようになりたい。役に立つスキルが欲しい。 その思いを素直に先輩に相談したら、「私は小さい頃から字を書くことが好きだったの。それが今役に立っているのよ。早苗ちゃんにも好きなことがあるでしょ。きっとそれが人の役に立つものだと思うよ。」 書道、華道、茶道、ピアノ・・・と、これまで十年以上続けてはいたものの、恥ずかしいですがどれも上達しませんでした。 小さい頃から好きだったもの? キレイなものが好きだったな〜 |
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好きだったもの、それが色だったのですか?
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そうだったんですよ。
色だったんです。 高校生のとき、家を建ててくれている大工さんから、インテリアコーディネーターという職業を知り、将来の目標にしていたことがあります。 しかし、バブリーな環境に流され短大卒業後、OLに。 まずは、インテリアスクールに体験レッスンへ行きました。それが結構ハードで厳しくて、そこまでの覚悟がまだなくて、ちょっと違うかも?と思ったのです。 授業の中に色と色を組み合わせるレッスンがあって、すごく楽しくてね、先生にも褒めてもらって。 わずかな時間でしたが、夢中になったんです。 「コレコレ、コレ!」 心臓がドキドキ高鳴ったことを今でも覚えています。 「色だ!小さい頃から好きでずっと続けているものは、色だ。」 お人形の着せ替ごっこが好きだったこと。 兄の描いた絵に色を塗りたくて、たまらなかったこと。 母の料理に相応しいお皿選びが楽しかったこと。 部屋を可愛くデコレーションすることに、ワクワクしたこと。 ピンクのヒラヒラのワンピースを着ると、お姫様になれたこと。 色と色を組み合わせて遊ぶことが、私を夢中にさせていた。 高校のときに憧れたインテリアコーディネーターの道。 小さいころ夢中になった塗り絵。 色と色の組み合わせで見栄えがよくなる実感。 これらに気づいたとき、9年間お世話になった会社を辞め、カラースクールに飛び込みました。 |
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なぜそこから仕事にしようと思ったのですか?
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仕事にしようとは全く思ってませんでした。
まだまだなんちゃってでしたが、カラーコーディネーターという肩書があるだけで、不安や焦りが少し落ち着きました。 それだけで満足でした。 カラーコーディネーターで活躍なんて、夢の夢の夢の世界でした。 運よく、学んでいるカラースクールから、受講生中にも関わらず、講師兼スタッフとして声をかけてもらったことがスタートですね。 |
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ではカラースクールから独立したきっかけは?独立を意識させたものは?
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カラースクール、いわゆる組織を辞めようと思ったのも突然だったんですよ。次年度の打ち合わせのときに、「スクールでの講師業を今年いっぱいで卒業します」って言ってしまったんですよ。当時、講師の中でも私はベテラン組だったので、大きな仕事を沢山させてもらってました。キャリアもそこそこ積んでいたので、どうしても私たちに仕事が回ってきます。そうすると一向に後輩たちに仕事が回らなくなってしまい、私たちが彼女たちの成長の芽を摘んでしまうんですよね。組織も循環していかなければいけませんからね。あと、色彩効果は人に夢と希望を与えるもので、講師のかたわら、サロンを持っていて、フリー活動も結構やっていたので、私の伝えたいカラーが増えて、私自身の感性をもっと活かしていきたいと思うようになりました。ブライダルの仕事もやっていたので、そちらに力を入れたいのも独立した要因のひとつですね。
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では、お仕事を経営者や企業、ビジネス向けに始めたきっかけは
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そうそう、よく聞かれる質問です。
ピンクから青に変わりましたね。って・・・(笑) 色は女性のものみたいなイメージが強く、わたし自身もそう思っていました。 ビジネス向けに始めたきっかけは、一番大きかったのは、実家が営む飲食店の経営が赤字でどん底に落ちたことですね。 もう何もかも手放す覚悟をしていました。 資金繰りで疲れ果てた母に、「私に任せてくれへん?」 母は、「私はもう何をしていいのか分からん。あんたの好きにして」 本当に最後のチャンスだったのです。 わずかの資金でお店を再生しました。 費用をかけずに再生ができたのは、全てに色を駆使して、色にこだわったからです。 今では笑い話になりましたが、当時は笑うことさえできないほど、家の中は殺伐していました。 この経験から、色を甘く見てはいけない。色は売上に関わる大きなものだと実感しました。 ちなみに母は、「色は神様だわ」と言ってます。 お陰さまで借金返済もできて、実家の飲食店は今のところ健在です。 |
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先生の色彩以外に長けてるものって何ですか?
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何でしょうかね?あっ、女性からは「喜び上手」、男性からは「コミュニケーションの化け物」って言ってもらってるかな。
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池田先生にとって色とは何ですか?
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わたしにとって色は、ワクワクさせてくれる生きる力であり原動力です。
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今後のビジョンについて教えてください。
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色彩効果を駆使してヒト・コト・モノのサービス、商品に対して多くの喜びを与えていきたいですね。
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さらに聞きたいことが増えました。この続きもよろしくお願いします。
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了解です。何を聞いてくださるのか楽しみにしています。
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色彩効果を実感したきっかけ
自分に似合う色を知って存在価値が上がった
カラースクールに通っていた頃、パーソナルカラー(自分に似合う色)を知り、その色の服を着るようになって、今までと人生が大きく変わりました。
今まで落ちまくっていた仕事の面接が似合う色を着ることで募集年齢を大幅に超えてるにも関わらず受けた企業全て採用通知がもらえたこと。
全くモテなかったわたしが男性から興味をもってもらえるようになったこと。
リーズナブルな服でも高級そうに思ってもらったこと。身につける色を自分に似合う色に変えただけで、まるで別人のように相手から褒めてもらえるようになり、存在を認めてもらえるようになったことが始まりです。
今まで落ちまくっていた仕事の面接が似合う色を着ることで募集年齢を大幅に超えてるにも関わらず受けた企業全て採用通知がもらえたこと。
全くモテなかったわたしが男性から興味をもってもらえるようになったこと。
リーズナブルな服でも高級そうに思ってもらったこと。身につける色を自分に似合う色に変えただけで、まるで別人のように相手から褒めてもらえるようになり、存在を認めてもらえるようになったことが始まりです。
赤字で閉めかけていた実家飲食店が元気になった
わたしの人生が色で自信をつけ、変わったのと同じく、赤字で閉めかけていた実家飲食店にも看板、内装、トイレ、メニュー、ユニホーム、料理など、とことん色にこだわり再生したところ経営難から逃れることができました。
色のプロとして生きていくために様々なを職種を経験
女性向けの商材を扱う専門店では
お客様に似合う色のウィッグを提案。
これが飛ぶように売れて、お客様からは喜ばれ、会社の会長からは褒められました。
似合う色でお客様との信頼感が深まり、リピート率が上がることを実感しました。
色が売上に大きく関わることを会長、社長に認めてもらい、フリーになるために退職した後も、看板の色の提案をお願いしたいとお仕事をいただきました。
これが飛ぶように売れて、お客様からは喜ばれ、会社の会長からは褒められました。
似合う色でお客様との信頼感が深まり、リピート率が上がることを実感しました。
色が売上に大きく関わることを会長、社長に認めてもらい、フリーになるために退職した後も、看板の色の提案をお願いしたいとお仕事をいただきました。
インテリアショップでは
お客様の欲しい商品に真摯に向き合い、カフェカーテン一つでも部屋の雰囲気に似合う色を提案したところ、「安いから買う、今までは何でもいいと思っていたが、真剣に選んでもらったお陰で部屋が明るくなった、引きこもりがちだった子供が元気になった」とお客様に喜んでもらい、全部屋のカーテンのオーダーをいただき、コーディネートをさせていただきました。
有名百貨店婦人服高級ブランド店では
お得意様を対象にしたパーソナルカラー診断とカラーコーディネートで、3日間の予想総合売上を1日で達成し、即ご依頼をいただき各店舗でも開催を実施。
ホテルのブライダル事業では
お客様の着たいドレスにとことん寄り添い、美しさをさらに引き出すためのブーケ、アクセサリー、ヘアメイク、そして会場装飾にいたるカラーコーデイネートの提案で客単価がアップしたのにも関わらず、お客様に「安い」と喜んでもらえた。
コールセンターでは
顔の見えないお客様の声からどのような服装なのか、どんな色を着ていらっしゃるのか、どんな色が似合うのかを想像しながらの会話からリピータが増え、社長賞を獲得。
期待以上のサービスを提供
全ての商品には色があります。お客様はどの色を購入してもお金を支払ってくれます、どの色でもお店や会社の売上になるかもしれません。
同じ売上になるのであれば、「買ってよかった」「また来たい」とお客様に得した気分を味わってもらえるサービスを提供することが私の生き甲斐です。
「色々やってみたがなかなか成果が出ない」 「いい商品なのに売れ行きが悪い」このような悩みをもしお持ちであれば、ぜひ一度ご相談ください。
同じ売上になるのであれば、「買ってよかった」「また来たい」とお客様に得した気分を味わってもらえるサービスを提供することが私の生き甲斐です。
「色々やってみたがなかなか成果が出ない」 「いい商品なのに売れ行きが悪い」このような悩みをもしお持ちであれば、ぜひ一度ご相談ください。




